交野ヶ原 日本遺産 BLOG

琵琶湖から淀川・大阪湾・瀬戸内海を見守る瀬織津姫

(アイキャッチ画像は裏地に和のイラスト!15名のクリエイターと世界に向けたジャケット開発!のクラウドファンディングで個人的に支援した、きみづか葵さんの瀬織津姫でございます!)

 

今年は、日本書紀編纂1300年を記念する年です。

先日、うちのブログでも取り上げさせていただきました。

日本書紀1300年に考える交野ヶ原

 

さて、私がよく引用する、ハイデガーの論ではありませんが、「そこにある」ことの意味があれば、「そこに無い」ことの意味もあるわけです。

古事記や日本書紀で、日本の皇祖神と歌われる、天照大神の荒魂ともされている、瀬織津姫は、まさに、記紀万葉に「存在しない」ことで、その存在感を増している姫です。

瀬織津姫とは?

公式な歴史書に載っていない、瀬織津姫が登場するのは、大祓詞の祝詞です。

「遺る罪は在らじと祓へ給ひ清め給ふ事を 高山の末低山の末より佐久那太理に落ち多岐つ 早川の瀬に坐す瀬織津比売と言ふ神 大海原に持出でなむ」

現代風に訳すと、

「神々が、世の中にある罪や穢れを、遠く山の上まで行って集めてきて、川の流れに流してやると、瀬織津姫が大海原の底にいる神様にまで渡していって根の国(あの世、黄泉の国)に送りかえしてくれますよ。」

というものです。

つまり、水を司る神様であり、この世の罪汚れを水の彩として、大海原まで運んでくださる神様です。

ただ、もう一つ、別の側面もあります。

瀬織津姫=天照大神?

そのストーリーを脚本にした、演劇が昨年公開されていました。

~七夕伝説 + 古事記~ 吉本坂46アイドル/脚本・演出家 旺季志ずか 書き下ろし! 新古事記ミュージカル 「天の河伝説」 取材依頼

下記、舞台概要を一部引用しております。

このお芝居は、古事記日本書紀より以前に書かれたといわれる、”幻の書 ホツマツタエ”にインスピレーションを得た旺季志ずかが書き下ろした、新しい古事記の物語です。この物語の中核である縄文の女神・瀬織津姫は、古事記の中では、唯一の大祓の神様として描かれていますが、実は男性神であったアマテラスの妻であり、歴史の中で権力者によって隠されたとも言われています。その隠された瀬織津姫を見つけるために、この物語では、神さまたちの集団が人間の身体に入り、時空を超えて旅をしています。

瀬織津姫がいた縄文時代は、人々が分かち合いの精神で平和な時代が一万年も続いたそうです。
その瀬織津姫を探すこの物語は、日本人が忘れてしまった、大和の精神性を蘇らせるために一端を担うと自負しております。

まさに、「記紀」に書かれていないことから、想像力を働かせて、記紀よりも古いと一説に言われる、「ホツマツタエ」の記述からストーリーを展開されています。

ただ、これ自体もトンデモというわけではありません。

大阪の御霊神社の御祭神はこう書かれています。

瀬織津姫が御祭神

ご覧の通り、天照大神荒魂(瀬織津比売神)と並列して書かれています。

ですので、あながち、瀬織津姫と天照大神が何らかの関係のある神というみなすのは根拠がないわけでもないのです。

琵琶湖から大阪湾までを見守る瀬織津姫

瀬織津姫は水の神様であります。

交野ヶ原のそばを流れる淀川もその、瀬織津姫に見守られています。

まず、琵琶湖の瀬田川沿いには、佐久奈度神社。

そこから、都へ下り、世界遺産の下鴨神社の御手洗社。

こちらの瀬織津姫は、元々、江戸時代にできた、出町柳のデルタに鎮座されていたのを移したそうです。

そこから、淀川へ下り、下鴨神社から分社された、淀川左岸の加茂健豆美命神社。ここの御手洗大明神の祠に、瀬織津姫が祀られています。

そして、先ほどもご紹介した、大阪の御霊神社。まさに琵琶湖の水が、京を通って、淀川を通じて、大阪湾へと流れいくまで、各所に瀬織津姫が鎮座されているわけです。

 

昨今、公衆衛生の大切さが世界的に注目されていますが、日本の公衆衛生の肝である水を司ってきた、瀬織津姫に、改めて、感謝を申し上げないといけない時代なのかもしれません。

 

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