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たなばたルネッサンス〜Qの章 交の江〜

年の瀬に、ようやく筆を取る気になった、この企画。

鬼滅の刃のキャッチフレーズじゃないですけど、「ぜんぶがおわり、すべてがはじまる」ような内容になると思いますので、2020年のうちにお読みください。

ブログ頑張って書いていきますよ!

たなばたルネッサンス〜Qの章 ZENの江〜

上記のZENの江で、たなばたルネッサンスに当たり、下記の4項目の認識が重要だと説明しました。

  1. 「天に祈りを捧げる」(秋の豊作といった集団の願いや芸事の上達といった個人の願いなど)
  2. 「織物や裁縫が関わる」
  3. 「七月七日、夜空に輝く天の川」
  4. 「盆とたなばたを通じた神仏習合」

それぞれの項目に絞って、再解釈していこうと思います。

1「天に祈りを捧げる」←時間・空間を超えたものを想う

「天」といっても、解釈は様々ですが、ただ単に上に向かって電波を飛ばすという意味ではなく、何か、時間・空間を超越したものという認識に近いと思います。

そこにエネルギーや波動みたいなものを伝えようとする。

例えば、七夕で飾られる笹は、「天」からのエネルギーを葉に受けるということを星田神社の佐々木宮司から聞いたことがありますし、えびすさんでの笹も、商売繁盛の運気を笹で受けると言われています。

私達が、「天」からのエネルギーを受けるのに、例えば、コップであるとしたら、そのコップを立てなければいけません。いくら、「天」から良いエネルギーが来てても、コップがひっくり返っていては受けることはできませんから。

「祈りを捧げる」というのは、実は、一方的にこちらから何かを送るのではなく、時間・空間を超越した部分で、双方向的にやり取りするもんなのかなと。

2「織物や裁縫が関わる」←手習いは親から子へ、子から孫へ

織物や裁縫といった手工業は特に顕著なのですが、生活に必要な技術とかスキルって、意外と親あるいは、親代わりの人やご近所の方たちから教えてもらってできるようになるということが多いのです。

「いつの間にかできるようになったけど、よく考えたら、塾とか習い事では通ってないよな」というものの多くは、そうして、上の世代から継いできたものだったりします。

つまり、何かを継承する機会として、たなばたはあると言えるわけです。それは、織物や裁縫かもしれませんし、古くから伝わる伝承や生活の知恵、人生の教訓などなど、「継承する」ということを改めて考える機会として、たなばたはあるのかもしれません。

3「七月七日、夜空に輝く天の川」←南の空で月が天の川を渡り境界を超える

私も調べるまで知らなかったのですが、地球上の物体に影を生じさせる天体は、太陽、月、金星、天の川、火球(流星)の5つのみだそうです。

7月7日の上弦の月がちょうど、天の川の明るさと同じぐらいになると聞いたことがあります。その同じ明るさ同士で、上弦の月が織姫側から彦星側へと移動していくさまが、まさに、天の川を渡っている船を思わせるというわけです。

そのあたりのことは下記ブログでも書きました。

(今年の七夕は8月17日)織姫と彦星が会うには、天の川を渡る”船”が必要だ。

そう考えると、やはり、日取りは旧暦を意識しておかないといけないのでしょうね。

4「盆とたなばたを通じた神仏習合」←様々な影響で別れてしまったものがリユニオンする

盆とたなばたが江戸時代ごろまで、一続きのイベントだったようであるということは前回のブログで、述べました。

ただ、明治以降、盆は仏教行事・加えて新暦8月に行われ、七夕は神事よりの行事になり、新暦7月に行われ、それぞれ関連性の薄い行事という扱いになりました。

そういえば、崇徳院の歌にありましたね。

瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ 崇徳院

奇しくも、交野ヶ原には、現代河内音頭の元節である、交野節が伝わっています。ですから、交野ヶ原での「たなばたルネッサンス」は、150年、割れて別々の道を歩んだ行事や物事を一つにまとめていく、そういった観点も必要ではないかと思います。

来年以降の、弊プロジェクトのたなばた関連行事は、この大きな「たなばたルネッサンス」論を軸に落とし込みながら企画していこうかなと勝手に考えている師走でございました。

 

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