交野ヶ原 日本遺産 BLOG

(入門編)交野ヶ原とは何なのか?

3人に2人は知らない「交野ヶ原」

さて、先日のアンケート企画により見えてきたことがございます。

それは、交野ヶ原に関する認知度が30%以下、つまり、3人に2人は交野ヶ原という言葉を知らないいうことです。

 

では、交野ヶ原という言葉が使われていないかといえば、そうではなく、枚方市も交野市も公式ホームページで、歴史を紹介する際に、「交野ヶ原(交野が原)」という言葉を用いています。

交野ヶ原

枚方市の公式ホームページのスクショ

交野市 交野ヶ原 七夕伝説

交野市公式ホームページのスクショ

そもそも、交野ヶ原とはどこを指しているのでしょうか?

明治まで続いた「交野郡(かたのごおり)」は枚方・交野の大部分だった

まず、簡単に説明すると、そもそも交野ヶ原は、明治時代まで続いた、「交野郡(かたのごおり)」とほぼ同じ範囲と思っていただいてかまいません。

交野郡 交野ヶ原 枚方市 交野市

枚方の大部分と交野全域が交野郡だった(wikiより)

北は樟葉から南は、星田、磐船、東は氷室、西は川越の田宮までと、現在の交野市全域と枚方市の大部分が交野郡でした。

交野ヶ原の範囲はこの交野郡と同じ領域であると捉えてもらっても特に問題ありません。

さて、ここで、私たちが交野ヶ原という言葉を使うときのイメージをシェアしたいと思います。

交野ヶ原は人々の記憶に残っている「文化圏」である。

交野ヶ原

当プロジェクトロゴ

学問や歴史的に、「交野ヶ原」という言葉の意味自体が、きっちりと決まっているわけではありません。

枚方市の中央図書館で一しきり資料を漁ってみたのですが、古い文献に出てくる、交野ヶ原という言葉はなく、近い言葉は、桓武天皇が天神祭祀(郊祀)を行った際の「交野柏原」ぐらいでした。

しかし、人々の間では語られている「交野ヶ原」という言葉。

私たちのプロジェクトが「交野ヶ原」という言葉を使う時には、枚方・交野をひとくくりにした、一つの文化圏と捉えています。

「文化圏」は噛み砕くとストーリーで繋がれたコミュニティ

文化圏という言葉はややこしいかもしれませんので、少し分解して、噛み砕いてみようと思います。

 

文化圏の圏は、今時の言葉を使うと、コミュニティです。

次に、文化ですが、厳密な説明は別記事に譲りますが、時間軸を過去、今、未来と続いていくストーリーというのがイメージに最も近いです。

私たちが、「交野ヶ原」という言葉を使うときは、「ストーリーで繋がれたコミュニティ」をイメージしています。

さて、ここで大事な疑問に答えておきましょう。

「今、行っているイベントなどは関係あるの?」

 

はい。ありがとうございます。この言葉、非常に待っておりました。

少し難しい話になりますが、ハイデガーという、20世紀最大の哲学者の一人の考え方を援用します。

「今の交野ヶ原に関わりある全ての存在は、交野ヶ原の過去・今・未来とつながっており、そこにある「存在」を意識することで自分(現存在)を意識する。」

余計わかりづらくなりましたかね???

もう少し噛み砕くと、「交野ヶ原にゆかりのある人や物を通じて、交野ヶ原を思い出すことによって、自分の存在意義を見つめ直す」ということです。

その先に経済圏なども生まれてくるのではないかというのはまた、別段にさせていただきましょう。

ここまでが「交野ヶ原とは何か」の入門編とさせていただきましょう。

次の記事では、「交野ヶ原の天空の地上絵」について語りたいと思います。

(イベントのお知らせ)

交野ヶ原 枚方 日本遺産 交野

3月21日 春分の日は、京阪枚方市駅前で開催の交野ヶ原フェスタ3・2・1へ!

2020年の日本遺産登録という「夢」に向かってクライマックスの始まりとして、「交野ヶ原フェスタ3・2・1」を開催いたします。

今回のイベントのサブテーマとして、「春爛漫!夢を叶えよう!」を掲げました。 私たちの「日本遺産登録」という夢はもちろんですが、文化や伝承を通じて、交野ヶ原に生きる人々が夢を持ち、その夢を叶える原動力となっていくようなイベントを目指しています。

当日は交野ヶ原にゆかりのあるアーティストによるステージ出演や団体によるブース出展などをご用意しております。

特設ページやFBページ、TWITTERなどで情報を展開していきますので、よろしくお願いいたします。

日時:3月21日(祝) 10:00~16:30

場所:京阪枚方市駅前すぐ 岡東中央公園

後援:枚方市・枚方市教育委員会・枚方市文化観光協会

交野市・交野市教育委員会・星のまち観光協会

北大阪商工会議所・FMひらかた

※ ブース出展団体・協賛団体を募集しております。詳しくは 問い合わせフォームよりお問い合わせください。

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テーマの著者 Anders Norén