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楠葉台場de盆踊りご報告!(遅ればせながら)

11月3日、大阪府枚方市の国指定史跡「楠葉台場」において、「楠葉台場de盆踊り」を開催しました!

楠葉台場 盆踊り

平成23年に国の史跡として指定され、平成28年に史跡公園として整備されて以来、初めてステージやブースを伴ったイベントの開催で、当日は、秋晴れの中、地元を中心に800名が来場していただきました!

今回はイベントの報告と合わせて、楠葉台場に関して当プロジェクトの観点でまとめた内容をポストしておきます!

そもそも楠葉台場とは???

過激派からの京都防衛のために作られた「楠葉台場」。

「楠葉台場」は唯一現存する「河川台場」であります。

その台場は、幕末、京都を守護職だった会津藩主の松平容保が建白し、築造されたものでした。表向きは、外国船が淀川をさかのぼり、京都へ上陸することを防ぐことでしたが、本音の部分は、長州藩が京都へ攻めあがってくるさいの関門と考えていたといわれています。現に、台場に京街道を引き込み、関所の機能も備えられていました。

幕末の激闘「鳥羽伏見の戦い」の最終決着地

楠葉台場が築造されてから3年後、大政奉還後の1868年、新政府軍と幕府軍との戦いが勃発、それが「鳥羽伏見の戦い」でした。

皮肉だったのは、この際、新政府軍が京都に入っており、旧幕府軍が京都へ攻め上る形になってしまいました。 初め、幕府軍は淀城を本拠地としたが、戦局が悪化し、最終、楠葉台場を南に位置し、橋本に陣を置きました。

対岸の高浜台場と楠葉台場を結んだ線を最終防衛ラインとしましたが、高浜台場に陣を置いた津藩が、6日未明に官軍へおもねる意向を幕府方へ知らせ、空けた6日、高浜台場から、橋本・楠葉へと砲撃が行われました。

圧倒的な軍勢を誇った幕府軍が、新政府軍に敗れた要因は様々あげられますが、橋本・楠葉を挟んだ対岸、津藩が守りを固める天王山に錦の御旗が掲げられ、砲撃が始まったことで、総崩れしたという説もあります。

鳥羽伏見の戦い以降、戊辰戦争は続きますが、幕藩体制への後戻りは事実上不可能なものになりました。

幕府軍、最後の戦いが、この楠葉・橋本で広げられたのです。

くずはの表記も写っています(国立国会図書館所蔵)

「楠葉台場・橋本陣屋」市境・府境をまたいだ、お隣さんの力強い握手

国指定史跡跡である楠葉台場に一つの石碑が立っています。「戊辰役橋本台場跡」と書かれたその碑は、京都の呉服商だった三宅清治郎が、父の保兵衛の遺志に基づき、昭和3年(1928)に建てたものをこの地に移転していました。

楠葉台場石碑

楠葉台場は、京都側から見ると、橋本陣屋の裏に控えているように見え、地元の方が「橋本台場」と読んだのも無理はないでしょう。

地域的にお隣さんである、楠葉と橋本の2地区ですが、府も市も異なることから、一つの枠組みで集うということが少なかったそうです。 しかし、今回の楠葉台場de盆踊りのイベントが、その両地区をつなぐきっかけとなりました。

枚方市の協力を取り付けた後は、樟葉北校区コミュニティ協議会、楠葉中之芝自治会の協力を仰ぎ、それまで地縁のなかった八幡市にも出向き、八幡市四区の協力をいただくこともできました。 樟葉北校区コミュニティ協議会会長が八幡市四区区長と会うこと自体が初めてのことでした。顔を合わせた会議の場においては、楠葉台場を中心として、地域の在り方など、熱く意見を取り交わされました。 11月3日のイベント当日は、来賓として最初のご挨拶をしていただいた際、これからともに取り組むということで、固い握手を交わされていました。 広域行政の絡みもあり、今後の展開が楽しみです。

くずはと橋本の固い握手

 

京街道での「鳥羽伏見の戦い」 楠葉台場で戦士たちを慰霊

今年は、明治へ元号が変わり150年記念にちなみ、政府をはじめ各地方自治体などでも幕末・維新・明治にちなんだ取り組みが多く行われています。

幕府軍の実質最後の戦いとなった、「鳥羽伏見の戦い」。

淀川沿いに幕府軍と新政府軍が争った戦いは、1月3日~6日と4日間で幕を閉じましたが、そこに込められた意味は、太平の江戸260年を治めた幕府の終焉であり、日本の近代化の幕開けと非常に大きなものでした。

その「鳥羽伏見の戦い」の最終決着地である「楠葉台場跡」では、近年、観光による地域資源活用が注目される中、楠葉台場周辺地域の住民への楠葉台場の認知度向上と、何より、この地で亡くなられた国士たちへの慰霊を目的とした「楠葉台場de盆踊り」を開催しました。

本イベントでは、鹿児島県・福島県の両大阪事務所が物産ブースで出店し、薩摩・会津・長州の盆踊りを会場で行うなど、「鳥羽伏見の戦い」で戦った、国士たちの出身地を意識したものとなっています。

また、大阪府・京都府の両後援を取り付けるなど、ストーリーを通じた、広域での魅力創造も意識しました。

「また、来年も!」と期待の声を多くいただいております。

どういった形になるか、またブログでご報告させていただければと思います。

取り急ぎ、報告と記録集まで。。。

下記のブログなどもよければ合わせてご覧ください!

11月3日 PART2 楠葉台場de盆踊り(スターダスト河内のブログ)

楠葉台場当日リーフレット裏

慰霊盆踊りクライマックス

イベントチラシ

 

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